2016年10月30日

「乙女文楽」を見る機会がありました



たまたま仕事の関係で「乙女文楽」を見る機会がありました。乙女文楽とは、文字通り女性だけで人形を使う文楽であり、大正時代に大阪で生まれた芸能です。話には聞いていましたが、現在でも技芸を継承している一座が複数残っていると知って驚きです。通常の文楽とはまったく異なる工夫があり、これはこれで非常に面白かった。
2016年9月19日

不倫が“芸の肥やし”になることなどない


歌舞伎に関するゴシップといえば女性問題がいちばん多いわけですが、今回は橋之助が槍玉に挙がっています。キャバクラ遊びやお座敷遊びは、文字通り“遊び”ですから、やはり遊びの延長線上に誕生した芸事では避けることのできない場でもあります。しかし、勘違いしてはいけないのは、男女間の不倫や不義が“芸の肥やし”になるという考え方の本質です。はっきり言って不倫が“芸の肥やし”になるなどということはないのです。
2016年6月12日

むかし見た芝居5―現代劇としての歌舞伎〈後篇〉(2005年12月南座「吉例顔見世興行」)



前回の記事に続いて2005年12月の南座「吉例顔見世興行」観劇ノートの後篇です。藤十郎の「曽根崎心中」に対する批評を試みました。当時、私は広末保の近世文学論の影響を強く受けており、近松物に関する見方が社会経済学派的でした。最近は、もう少し違った歌舞伎観を持っていますが、それでも世の中の大多数の人と比べれば、いまでも社会経済学派的です。そういう意味では、若いころに書いたこの文章は、生意気なんだけれども、基本的な認識の布置は現在でも変わっていないと思います。
2016年6月5日

むかし見た芝居4―現代劇としての歌舞伎〈前篇〉(2005年12月南座「吉例顔見世興行」)



今回再掲するのは、2005年12月に南座で見た「吉例顔見世興行」の感想です。三代目中村鴈治郎改め坂田藤十郎襲名披露公演でした。襲名狂言の相手役は、いまは亡き四代目中村雀右衛門です。大名跡の復活と襲名ということで、非常な興奮をもって見た芝居でした。そのため筆にも力が入り、前後篇の長文となっています。いまから考えると、雀右衛門を生で見ることのできたのは幸運なことでした。そして、翫雀がいやま四代目鴈治郎となり、雀右衛門の名跡も芝雀が襲ぐことになりました。時の流れははやい。同時に、いまなお健在の藤十郎は、やはり化け物のような役者だと心底感心します。
2016年5月30日

喪失感を贖うための誄―『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』



中村勘三郎が逝って、それからわずか1年半後に坂東三津五郎が亡くなってしまったときの喪失感がいまだに消えません。自分の時代の歌舞伎というものが、永遠に失われてしまったように思えたからです。長谷川浩氏の天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎 (文春新書)もまた、そんな喪失感を贖うための誄といえるい本です。在りし日の二人を追慕する文章は、二人にとっての歌舞伎とは何だったのかということを激しく問う。それは、私にとっても歌舞伎とは何かといことを問う。しかし、在りし日の二人を思い出し、批評の言葉が浮かばないのです。
2016年5月21日

むかし見た芝居3ー二つの「若さ」(2005年9月公文協巡業「十一代目市川海老蔵襲名披露松竹大歌舞伎」)



私は市川海老蔵が大好きです。海老蔵に関しては、もうなにをやっても面白く感じてしまうというほど。そういう意味では、海老蔵信者の一人なわけです。今回紹介するのは、その海老蔵の十一代目襲名巡業の芝居です。おそらく生で海老蔵の芝居を見たのは、このときが初めてだったように思います。一部ダメ出しもしているのですが、その欠点も最近では解消され、本当にいい役者になりました。また、本来は巡業に参加するはずだった團十郎が病気休演となり、海老蔵一人舞台だったのも、余計に応援しなければという思いにかられたことを思いだします。そして、團十郎がいまはもういないというのも、いま読みかえしてみると改めて胸が痛みました。
2016年5月15日

むかし見た芝居2-小芝居の意義(2005年9月「第18回歌舞伎フォーラム公演 」)



むかし見た芝居の2回目として紹介するのは、2005年9月に国立文楽劇場で見た「第18回歌舞伎フォーラム公演」です。当時は無職だったこともあり、こういった若手の勉強会にも盛んに足を運んでいました。脇役の不在が関西歌舞伎の弱点であるという問題意識を強く持っていたことも思い出します。ただ、この問題はいまだに解決されていなくて、さらに深刻になっているのですから、なかなか歌舞伎の未来は厳しい。この舞台で中心を務めた中村又之助と中村京妙は、いまでは伝統歌舞伎保存会会員のベテラン脇役として活躍中なのが嬉しい。中村梅之は現在の中村梅乃です。演目の「松王下屋敷」は小芝居向けの愚劇とバカにされますが、実際に見たことのある人は少ないでしょう。そういった珍しい演目を見ることができたのも今となっては貴重な体験でした。あと、この芝居は当時に付き合っていた女性と一緒に見に行ったこともささやかな思い出です。
2016年5月13日

むかし見た芝居・番外編―NHK教育「芸術劇場」「芸能花舞台」の思い出

東京には歌舞伎を上演する劇場が多く、それこそ毎月でも芝居を密頃ができます。ところが私のような地方在住者はそうはないかい。そんな地方在住の歌舞伎愛好家にとって心強い味方がNHK教育の「芸術劇場」や「芸能花舞台」といった番組でした。歌舞伎にいちばん熱中していた2000年代初め、それこそテレビで見た芝居の印象もノートを書いていました。思い出のある三つの芝居の観劇ノートです。
2016年5月12日

むかし見た芝居1-私の歌舞伎初体験(2005年6月「歌舞伎鑑賞教室」)

じつはこのブログは、私が歌舞伎をテーマに書くブログとしては2代目にあたります。私が本格的に歌舞伎を見始めたのは2005年からですが、当時も別のブログサービスで、見た芝居の感想なんかを書いていました。当時、私は大学院を修了し、付属研究所の無給研究員などをしていたのですが実質的には無職でした。お金はなかったですが、時間だけはたっぷりとあったおかげで、とにかく見れる芝居はすべて見たような気がします。最近は仕事も忙しく、かつてのように頻繁に芝居を見に行くということが難しくなりました。そのためこのブログもすっかりネタ枯れ気味で、更新も滞りがち。そこで二番煎じのそしりを受けそうですが、むかし見た芝居の記事を再掲載しようと思います。いま読み返すと赤面するような内容が多いのですが、歌舞伎初心者が精いっぱい背伸びして書いた文章なので大目に見てもらえればと思います。

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